関西の豚

笑いについて考えてみた

緊張と緩和

この前、って言ってももう数ヶ月前かな。

アメトーーク大喜利苦手芸人かなんかで、笑い飯の西田さんがノブコブの吉村さんに「緊張と緩和勉強せい」みたいなこと言ってて。

昔から緊張と緩和になんか違和感あって、気になってたんでちょっと考えてみたくなった。

 

緊張と緩和は桂枝雀さんの説らしい。

恥ずかしながら名前しか知らん。

お客様は神様ですの三波春夫さんも同じく名前だけしか知らん。

 

んで、まあ本題に戻ると、緊張と緩和ってちょっと分かる気もするけど分からん。

なんかの本で笑いは安心やと感じたときに起こるって書いてあったし、そこらへんは緩和なんやろうな。

ちょっと余談ではあるけど、うちの親父は怒られると笑ってしまうタイプ。

多分緊急時の恐怖に対する条件反射なんやろうな。いつも謝れずに余計に怒られててかわいそう。

 

緊張と緩和でパッと思いつく2パターンは、葬式とかの真面目な状況でふとしたことで笑ってまうってのと新喜劇のヤクザ。

他にも、漫才とかなら緊張と緩和ってなんとなくイメージはできるんやけど、大喜利とかは全然緊張のイメージない。

イッポングランプリとかならまだ分からんでもないけど、ケータイ大喜利とかボケてに緊張の要素ないよな。

葬式も笑っていはいけない状況で笑うっていう、押しちゃだめなボタンを押したくなる禁止されたらやりたくなるパターンな気もする。

 

新喜劇のヤクザ懐かしい。

小学生の時、関西の子供らしく土曜の半ドンは作り置きのオムライスの食べながらよく新喜劇見てたな。

島木譲二さんのパチパチパンチ懐かしい。

これはあれやね、ヤクザっていう怖い存在がバカやって安心。

これは緊張と緩和であってる感じする。

 

ただ、思ったんはこれってただ単にフリとオチでは?

ヤクザが怖いものってのがフリ。

怖いのにバカってのがオチ。

葬式も笑ってはいけないってのがフリやん。

 

そう考えると結論として、緊張と緩和ってただのフリとオチ。

笑いの基本から笑いの基本に帰ってきた。